江戸の領地変遷図

デジタル日本史研究室は現在、江戸の領地変遷図の作成に取り組んでいます。計6万を数える村々すべての、260年余にわたる歴史的変遷をたどることを目的としています。

江戸時代から残る史料の量は、世界的に見ても膨大です。また、日本近世に関する研究は、国際学会の最先端にあるといえます。しかし、江戸期の領主支配の変遷を、全国的に網羅した歴史地図は存在しません。一時点の情報としては、1664年と1868年ごろの領知目録があります。西岡虎之助と服部之(1956)とドリクスラ(2015)は、1664年の寛文印知をもとに大名所領配置図を作成していますが、どちらに関しても、領土が犬牙錯綜した畿内・関東などにおける支配体制を正確に記しているわけではありません。これは歴史的情報が不足しているからではなく、個々の研究者の手にはおえないほどの、膨大で幅広い史料が存在するからです。本プロジェクトでは、全国レベルから藩、国、または郡などとトップダウンに下っていくことで作られてきた従来の歴史地図を改善するよりも、江戸時代の社会的基本単位である村をたどり、集約することで全国レベルの領地構造を解明することを目指しています。プロセスとしては、一つ一つの村の地理情報を究明し、それぞれの江戸期を通じた変遷を整理していきます。各村々は、場合によっては新しく作られたり、廃村となったり、合併や分割を経たりしており、また、数百年間同じ領主のもとで治められた村もあれば、40もの旗本・大名が代わるがわる分割支配した村もあります。こうした各村の情報を緻密にたどり整理することで、藩・旗本・寺社などの領地を再構築できるのです。

当研究所では、様々な手法で歴史地図の作成を行っています。地図史料と史料原文の解読に加え、自然言語処理、ニューラルネットワーク処理、ジオデータベースなどの情報技術を使用しています。研究成果は、未確定・不明部分も含めすべて記録し、発表する予定です。

プロジェクトの背景

デジタル日本史研究室が、第一のプロジェクトとして領地変遷図に着手することとなった経緯としては、まずドリクスラの研究経歴があります。ドリクスラは、以前よりGIS技法に頼った調査を行ってきました。しかし、研究を十分に進めるには、詳細な江戸時代の大名所領、および、明治時代の行政区画が必要不可欠でした。そのため、歴史地図をデジタル化し、GISに取り込むことでデータを漸次的に作成・改善してきましたが、その方法では精度に限界がありました。精細な歴史地図の欠如は、自分だけでなく、多くの学者の研究の足枷となっていることが段々分かってきました。2018年、この課題の解決には、根本的に違ったアプローチを取るべきという考えに辿り着きました。つまり、「古地図や地方史から、村レベルで情報を集め、そこから全国レベルの地図を構築する必要がある。しかしながら、このプロジェクトは、一研究者が完遂できる規模ではない」。こうした見解から、分野横断的な共同研究チームとして、デジタル日本史研究室は発足に至りました。

本プロジェクトは、Japan Foundation設立の基金からの資金提供とイェール大学東アジア研究所の支援により実現しています.